2022 年 2 月 中三依、雪に閉ざされた旧宿場町 雪があまり降らない塩原とは大違い、塩原から車で 15 ㎞ 20 分の距離なのに、ここは正真正銘の雪国でした。昭和初期には木材切り出し等で大変活気があった場所だそうです。会津、そこは「日本の原風景、そして心の原風景」が今も残るところ、私たちは訪れる人にそれを見てもらいたいと考えます。そこは山が険しく、降雪深い地方だけに、急な屋根の建築物が多いところです。
会津宮下から会津川口へ向かう途中の民家
古民家内部 奥会津博物館に移築された古民家
南会津町前沢曲がり家
金山町 沼沢湖付近の小集落、2020 年 12 月初頭、雪が降る前
同上、キャベツは雪に埋もれ冬の間の数少ない緑食野菜となるのだろう
付近にあるお墓、かつてにぎわった事がしのばれる、今はひっそり
高森山登山口近くの道、哀愁が漂う
会津の南西部に位置する桧枝岐(ひのえまた) 人口約 500 人で福島一小さい村、京都からの<br />
落人の影響で歌舞伎が開催される。
金山町 大志 (おおし) 昨今この景観が人気となってきている。
しかし現地に観光施設はほぼ皆無。
大志近くの只見川 しゅうせつ船が行き交い、のどかな雰囲気を醸し出す。
リラダーラナ
南会津町の旧南郷村に佇むリラダーラナ、会津の古民家を北欧風にアレンジしたゲストハウス 和の会津と北欧風の景色が絶妙にマッチしている。
リラダーラナ お食事処、大変居心地がよい
リラダーラナ 室内
リラダーラナ 階段 ゲストを歓迎する為、夕食前に廊下にローソクが点灯された
厳寒時のリラダーラナ、囲炉裏の煙がかやぶき屋根をいぶり、虫を殺し、屋根の維持に役立つと言う。
リラダーラナのオーナーシェフ 大久保氏、スウェーデンへ行きスウェーデン料理を学んだ。料理の事を考えるのが大好き。
沼沢湖付近の世界でも数少ない妖精美術館
紅葉で有名な下郷村、観音沼付近の休耕地、農家の人に花を譲ってくださいとお願いすると、断固してお金をとらず、好きなだけ持って行って良いと言われた。とてもうれしかった。
金山町 炭酸水 文字通りソーダ味の水がこんこんと湧き出る
昭和村 喰丸小学校 このノスタルジックな廃校と銀杏の木はフォットポイントとして注目され、今や観光協会も入居、人気の観光スポットとなっている。
会津を語るとき、実はあの有名な尾瀬への入り口であることを忘れてはいけない。さらに足を延ばすと江戸時代に銀山で栄えた新潟県魚沼市の銀山湖へバスと船で行くことができる。
温泉
会津は温泉の宝庫 金山町 玉梨温泉 恵比寿屋旅館 体にぶくぶく炭酸の気泡がつく含炭酸泉
同恵比寿屋旅館河童の湯
南会津町 (旧 舘岩たていわ)木賊温泉の露天風呂
柳津町西山温泉 老沢温泉旅館 神社が浴室にある。芸術員会員に選ばれたつげ義春も逗留したひなビタ温泉旅館、私はこんな場所が好きだ。
産業
昭和村の隠れた名産はカスミソウ、生産高日本一で、頑張れば年収1千万円になるという記事もあった。 可憐で、品がよく日持ちするこんな美しいカスミソウを育てて、そんな収入があれば、いいなと思ったり。
昭和村はからむし織を宣伝し、その伝統工芸の後継者を募集している。素晴らしいがユニクロで 2,000 円で買えるシャツが 50,000 円なり、中途半端な気持ちではこの文化の継承は難し
い。
会津の食材と言えばソバ、山菜、キノコが有名、会津に広がるソバ畑
会津は名酒の産地、海外での販売に力を入れる国権酒造 南会津町
桧枝岐付近のソバともち米で作った名産ハットウ (左上)
会津は山菜の宝庫 山菜の女王とよばられる コシアブラ
会津の B 級グルメ ソースカツ丼
ハレの日のごちそう こづゆ、手に入れることが難しかった海鮮として干した貝柱に、里芋、地元の根菜等を煮付けた料理、お代わりが許された贅沢なものでった。
アクティビティ 交通
雪かき 地元のホームセンターに並ぶ雪かき工具
会津とは福島県西部に位置する約 5,500km2(東京都の2倍以上、もしくは愛知県に匹敵)する一地方で、東に越後山脈、東に奥羽山脈に囲まれた山深い地方です。会津を貫く只見川と阿
賀川が阿賀野川になって日本海側へ達し、海産物や塩が会津にもたらされ、コメ、漆器、たばこ、青苧(カラムシとも呼ばれる、製糸の原料)が運び出されて、独自の文化をはぐくみまし
た。 そして、その厳しい地理条件の為か、ちょっととっつきにくいけれど一途で、素朴で良い人が多いところだと言われております。 一途なために自決した白虎隊の悲劇の話は日本で
は有名で、今日でも多くの人の心を揺さぶります。 それは幕末から明治維新の大激動の中で、君主の命令に忠誠を尽くす、たとえそれが死を意味するものでも最期迄戦った青年少年戦士達
の歴史は心を打つものがあります。 そしてその朴訥さが会津には漂っている、私たちはそう思います。
ある日私たちは国道400号線を会津川口に向けて北上しているとき、農作業から戻ってきた老婆と会話をする機会がありました。90 歳を超えているそうですが、今なお現役で急な畑に
出ては農作業をされていて、それが楽しみのようです。もちろんこのように高齢者が農作業をされている風景は日本どこでも珍しくないのです。 それでも私のバイアスでしょうか。 で
も特に会津でそれが目立つような気がしています。地味で、厳しい自然環境をもろともせずひたすらと大地を耕す人生を過ごす人たち。痩せた土地にも育つそばを植え、山を越えて海の幸
を運送することで、独特の食文化が育まれた会津です。 厳しい環境の中に美しい四季うつろいを感じさせ、今なお残る古民家の風景を楽しむ事ができる貴重な場所だと思います。
(pic)
私たちは会津の民家の風景が素晴らしいと思います。雪深いだけに以前は急なかやぶき屋根の家が多かったです。多くの屋根はトタンに変わりました。当時、トタンの屋根はモダンでハイ
カラなもので、裕福な人や村が先に取り入れたという話も聞きました。一方、飛騨高山等がインバウンドの流行で、多くの人でにぎわうのと対照的に、会津は東京から比較的近いのに、イ
ンバウンドの流行からも取り残られているように思えます。
私たちの旅行会社は栃木県の塩原温泉郷にある赤沢温泉旅館内にあります。車で約 15 分、山をトンネルで超えるとそこは栃木県日光市の三依(みより)地区です。ほんの僅かの移動
で、冬には、「長いトンネルを出るとそこは雪国だった」ということがよく起きます。そして街道にある民家を見れば、もう会津にいるような感覚となります。実はこの地区、江戸時代
迄は会津藩に属していたそうで、気候、地理、文化的にもこの一帯が会津なのだと分かります。会津へ行く際には、どうぞ当ツアーでご相談ください。